十月号(R3)

主宰の随筆と選後抄  誌友のエッセイ

随筆    ”古壺新酒” 古賀しぐれ

  東京オリンピック

 

  

 

   

  

 雲一つない青空の下、赤と白のユニフォーム姿で颯爽と行進する日本選手団。五十七年経った今でも鮮明にあの日のシーンが目に焼き付いている。一九六四年の東京オリンピックの国立競技場での開会式である。そして今年の東京オリンピック。コロナ禍でまさかの一年延期となってしまったが、なんとか開催された。今回は照明を駆使しての夜の開会式となった。

 

 

 

   

  

 

  

 人間の可能性は素晴しい。ある一つのことを突き詰める選手の躍動する姿に連日感動をいただいた。そしてそれを俳句に詠いたいと思った。いつもは花鳥風月に心を寄せ、感動して俳句を作っているのであるが、オリンピックという人間の姿に感動して俳句を作る。これは少々難しい。季題を如何にするかに心を砕いた。

 

   

  

   

 虚子は説く。所謂生活派人生派を称える俳句を読んでみても格別刺激を受けない。季題の拘束のない詩で詠えばよいと。その中でも調子の整うものはある。それは取りも直さず花鳥諷詠詩になっているのだと・・・。
生涯二度と巡り来ないであろう東京オリンピックの感動を記憶しておく。そう思って今回十数句作ってみた。花鳥諷詠詩になっているかどうかは自信がないが、この感動を記録出来たことには満足している。

  

 

 

 

 

           金メダルラッシュにつぽん銀河濃し   しぐれ    

オリンピアン勝者敗者に秋立ちぬ     同

 

 

           

 

 

 

 

 雲母の小筥(白靴・天神祭を詠む)    加藤あや

 

  川風は君の肩越し船祭           田佐土子

 


加藤あや の寸評
 

 

  

 残念なことに、昨年、今年と祭はコロナ禍のため何処でも縮小されていますが、大阪の祭と言えば日本三大祭の一つ、「天神祭」です。
「天神祭」と言えば、圧巻は舟渡御です。例年の賑わいが目に浮かびます。この一句、「川風は君の肩越し」という措辞が全てを語ってくれて、読む人の共感を誘ってくれます。誰もが若き日への郷愁にかられるのではないでしょうか。

 

 


 

 



  白靴を買うて失恋忘れやう         西脇英恵


加藤あや の寸評

  

  

 原句下五は、「忘れけり」でした。きっぱりと「忘れけり」でも立派な一句ですが、「忘れやう」と、思いを述べる事で余韻のようなものが生れ、作者の健気さが愛しくなってきませんか。

 

 





心に残る句  高田小文吾     

 

 麦秋や花丸付きの帰国の日       高田小文吾

 

 

 

   

 二〇〇六年から二〇〇八年にかけて二年半ほど北アフリカで西のモロッコと東のチュニジアを結ぶアルジェリアの高速道路工事に従事しました。地中海から百kmほどの内陸部の工事路線近傍に、高いコンクリート壁で囲まれたキャンプを五カ所設営、最盛期には二百人を超える日本人技術者の一人として常駐していました。

 

   

 ちょうど反政府組織のテロ活動が活発だった時期で、外出時には常に車の前後に政府軍の武装ジープが護衛に付きました。路線のほとんどが何も無い乾燥した土漠の地です。夏は乾燥して暑く、冬は寒くて雪が積もったこともありました。春、短い期間ですが雨が降り、ポピーの花が大地を埋め尽くします。この間、人々は麦を撒き六月初めには刈り取ります。そしてまた乾燥した茶色の大地に戻るのです。キャンプ開設後しばらくしてパラボラアンテナが建ち、テレビの画面にNHKの国際放送が流れたとき、キャンプ中に大歓声が上がりました。これで日本と繋がったと感じ無性に涙が出ました。

 

 

 

  

 キャンプの中にどこかで手に入れた腐植土を運び込み、仕事の合間に菜園造りに精出す人もいました。明日いよいよ収穫という立派な西瓜がその夜盗まれました。犯人はわからずじまい。そんなことがキャンプでは特大のニュースとなるのでした。日本はほとんど地球の裏側、無限にまで遠い地と思えました。

 

  

   

 帰国日が決まったとき、カレンダーに大きな花丸を丁寧に付けました。毎日この印を見ては残りの日数を指折り数えたものでした。
掲句はこの時のことを振り返り日本で作ったものです。あちこちの国で生活しましたが、ほかの国と較べてアルジェリアは良い思い出の少ない国でした。

 


一句鑑賞    狩屋可子

高木石子の一句鑑賞−句集『顕花』−

 

 

石鼎を知る人のなく野菊濃し       石子

 

   

  

  

 

  

 「頂上や殊に野菊の吹かれ居り」の句をベースにしている。東吉野の風土を愛した原石鼎の代表句である。作者は野菊を見ればまず石鼎のこの句を思う。しかし彼を知る人はなく、寂寞の思いが野菊を一際濃いものにしている。

 




     

 

  

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