ソメイヨシノ
コロナ感染のパンデミックになってからほぼ一年が経った。 未だにコロナ禍の出口が見えない状態が続いている今、一年前を思い出している。桜の咲く頃には句会も行われるだろうという思いは完全に打ち砕かれ、みんなで花見に行くことすら出来ない日々が続いた。 こんなに見事な桜が咲いているのに勿体ないという思いで、一人の花見、 一人の句作をする日々を続けていた。
これほどに淋しき花の世を知らず しぐれ
令和二年しづかに桜をはりけり 同
日本人と桜は切っても切れない歴史を持つ。今殆どの地域で咲いている桜の種類はソメイヨシノ。このソメイヨシノは母をエドヒガン、父を日本固有種のオオシマザクラの交配で生まれたもの。所謂、雑種が交雑して出来た単一の樹を始源とするクローンなのである。ソメイヨシノは江戸時代後期に開発され、昭和に日本全国に圧倒的に植えられたクローンの桜。気象庁が満開を判断する「標本木」はこのソメイヨシノなのだ。
日本各地にある有名な花見処に出向きたいところだが、今年もあまり遠出は出来そうにもないが、クローン桜ソメイヨシノのお蔭で我が家からも居ながらにして、公園の桜を愛でることが出来る。桜の一句をものにしたいと思いつつ、浮き浮きしながらの家居が続いている。
寒紅や遠くて近きテレワーク 奥野千草
松田吉上の寸評
このコロナ禍。環境が整った会社では、社員は出社せずに会社と繋がった自宅のパソコンで仕事をするという。事務室に人が密であった光景は無くなりつつあるのだ。掲句はこの「テレワーク」の様子を諧謔味たっぷりに詠っている。会社と自宅とは距離的に「遠い」。その遠い所を回線で繋ぐのだから会社の誰かと画面でみつめ合うかも知れず、ぐっと「近い」。自宅だからと言って寒紅もつけずに寝呆け顔でテレワークは出来ないのだ。「遠くて近き」が、コロナ禍でのテレワークの空気感をリアルに伝えている。
寒紅を濃く毒舌を吐いてをり 安部州子
松田吉上の寸評
「息吐くように毒を吐く」ではないが、寒紅を差した美しい口から毒舌が出るわ出るわ。こういうギャップのあるタイプの女性タレントはテレビでは引っ張りだこだ。毒舌というのは単なる悪口と違って、そこに「真実」があるから思わず「そうだ、そうだ」と相槌を打つ。単なる「口が悪い」とは異なるのだ。現代の世相を鋭く切り取った一句となった。「毒舌」が生々しい。
コロナ、コロナに明け暮れた二〇二〇年もあとわずか。万博記念公園ではコロナ禍での非常事態宣言ということで太陽の塔が真っ赤っ赤にライトアップされています。
一九七〇年の日本万国博覧会からちょうど五〇年、夫婦で言えば金婚式、高度経済成長真っただ中の当時、誰がこんな事態を想像できたでしょうか。
金婚式といえば今年金婚式を迎えた夫婦がいます。何を隠そう我が家です。万博直前の春分の日が結婚記念日、コロナのおかげで夫婦二人っきりの淋しい金婚式でした。
結婚式の直前、以前に勤めていた会社の支社長さんから突然支社長室に呼び出されました。何事かと緊張して顔を出したところ「結婚のお祝い」にということで色紙に一句書いて下さいました。目の前でしゃらしゃらっと書かれて額に入れ、さっと渡され、おもわず心の中で「かっこいい!」と叫んだものです。
その後のバブル崩壊、リーマンショック等幾多の経済浮き沈みを経ました。
バブル崩壊の直後、支社長さんは「僕は良い時代に支社長を務めさせていただき幸せです」との言葉を残され退社されました。
我々夫婦も長年の時が流れ、子供の誕生、四度の引っ越し、定年退社、子供たちの結婚、孫の誕生がありました。その間、記念の句はずっと見つめてくれていました。
ふたり行く道ひとすじに春の雲
道は一筋どころか曲がりくねっていましたが、行く手にはずっと春の雲が浮かんでいたように思います。
奇しくも定年後「よひら会」に入れて頂き俳句をやるようになりました。当時の支社長さんの「かっこよさ」には及びもしませんが。
吉年虹二の一句鑑賞−句集「狐火」−
案外にワインに合ふや桜餅 虹二
ワインのつまみに桜餅とは驚いた。
桜餅には日本茶と決めつけている多くの日本人は邪道だと思うだろうが、それを楽しんでいる作者の大らかさをよく表している。
意表を突いた句を詠むのは難しいが「案外に」というサラっとした措辞に、一度試してみようという気になる。
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