主宰の随筆と選後抄　　誌友のエッセイ

随筆　　　　”古壺新酒”　古賀しぐれ

　　三輪素麺

　　

　

　　大神神社（おおみわじんじゃ）は奈良県桜井市にある神社。日本でも古い神社の一つで、三輪山そのものを神体としている。主祭神は蛇神であるとされ、水神または雷神としての性格を合わせ持ち、稲作豊穣、疫病除け、酒造りなどの神としても篤い信仰を集めている。
その三輪の地が発祥とされている素麺。奈良時代に唐から伝来した唐菓子の一つ、索餅（さくへい）に由来すると伝わる。元々《索餅》は中国の後漢や唐の文献に出て来る言葉。原形はもち米と小麦粉を細長く練りあわせ、油で揚げたもの。平安時代には索餅を食べると熱病に罹らないという中国の故事に倣って、宮廷での七夕行事にも、索餅が取り入れられていた。

 

 

　　日本の麺食文化のルーツとも言える素麺。それは今から千二百年余前に始まるとされる。大神神社の宮司の次男、穀主（たねぬし）が飢饉と疫病に苦しむ民の救済を祈願。三輪の里の土地と三輪山から流れ出る清流が最も小麦栽培に適することを知って、種を蒔き、小麦を原料に《索餅》を製造したことが素麺の起源とされる。《索餅》に変わって《索麺》の文字が出て来るのは南北朝時代。江戸時代に入り素麺は庶民の口に入るようになり、お伊勢参りの宿場町として栄えた三輪の地で食べた素麺が諸国に広まったとされている。

 

　長い歴史を持つ素麺の逸話。夏バテの胃には、冷たい素麺が最適。大神神社の霊験新たかなる素麺をいただき、もうひと頑張り。長く暑い夏を乗り越えたく思う。

　雲母の小筥（母の日・草笛を詠む）　　　　多田羅初美選

 

　　草笛は我が青春の一ページ　　　　　　藤田弘子

多田羅初美の寸評

　

　　小園に「我が青春の一ページ」と題して、是非とも投稿して欲しい。
草笛であるから恋物語であろう。
俳句とは老いを排斥する文学であると思う。
この琴線に触れる句を評するに一ページでは足りない。

 

 

 

　　　　草笛を小諸城址の風に聴く　　　　　　名木田純子

多田羅初美の寸評

　

　　小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ
掲句からふっと島崎藤村のこの詩の一節が浮かぶ。
ポエムイコール俳句であると、しみじみ感じる句である。小諸城址を吹く風に、草笛を聴いたのである。
藤村の吹く草笛の音かと錯覚したかも。

心に残る句　　　　小井川和子　 　　　

 

　コーヒーの冷めゆく速さ山眠る　　　　　中　晴子

 

 

　　これは著名な俳人でも結社の主宰の句でもない。今は亡き未央の誌友で四十年近くひたすら俳句を生きる糧として続けて来た人の句である。今では数人の方しかご存知ないであろう。
私とは親子ほどの年齢差がありながら話好きで、少々抜けたところが似ていて気が合い、句会や吟行にはいつも一緒、学び合い励まし合い句作に励んできた。
明るく見えても彼女の苦労は相当のもの。見合いで一度会っただけで徳島から大阪に嫁いで来たが、そのご主人を三十代で亡くした。幼い三人の子を育てる為に寮の賄いや、自宅の前に台を並べただけの乾物屋もした。天満へ仕入に行った帰り、背負った風呂敷包みによろけ下駄屋さんのショーウィンドーを割ってしまった。謝ると「いいよ、いいよ。あんたが毎朝早くから細い体で大きな荷を担いで戻るのをいつも見ていたよ。弁償などしなくていいから」と許して下さったそうだ。

 

結局家を改造し下宿屋のおばさんになりやっと生活が安定した。下宿人の仲人を八件もしたのが自慢であった。
掲句は神戸句会で三宮センター街を吟行した折の作、石子先生激賞の句。
句歴の浅かった私は「あの喫茶店からは山は見えなかったやんか」と思ったのを覚えている。それから三十年。コーヒーを飲む度、冬山を見る度にこの句が口を衝いて出る。今ではこの句から人の生きる寂しさをも感じ取れるような気がする。彼女の墓もある日突然移され、礎石のみになった。親族のトラブルであろう。今では探す術も無い。六月八日は彼女の忌日。もう一つの素敵な句から私は心の中で吾亦紅忌と決めていたけれど「晴子さん、もしかして山眠忌の方が良いかなあ」どちらにしてもきっと笑ってくれるに違いない。

一句鑑賞　　　　山村千惠子

岩垣子鹿の一句鑑賞−句集｢やまと｣−

 

秋立つやつまづく雲のなき浅間　　　　　岩垣子鹿

 

　初秋の軽井沢あたりの林を散歩している時だろうか。人通りの少ない散歩道。木立の向こうにすっきりと晴れ渡った空と浅間山が。鳥の声と木々の騒めきと作者の足音のほか音がほとんどしない。そんな中にどっしりと浅間山の姿が見える。どこまでも澄み切った雲のない空、大きく深呼吸してまた歩き出す。