十一月号(H28)

主宰の随筆と選後抄  誌友のエッセイ

随筆    ”古壺新酒” 古賀しぐれ

    

 日本人の一番身近な果物でもある柿。柿は化石からも見つかっている。人類が誕生する以前から日本には柿はあったと伝わる。万葉歌人で有名な柿本人麻呂は、屋敷に柿の木があったので柿本と名乗っていたとか。

日本史で聞いたことのある人名にも柿が関わっていたのだ。この時代の柿は渋柿であったので、熟柿や干し柿として食べられていた。柿はビタミンやミネラルを多く含む、栄養価の高い果物。「柿が赤くなると医者が青くなる」という諺があるくらいに、昔の人にとって柿は貴重な食べ物であった。鎌倉時代に川崎市で突然変異による甘柿が発見される。十六世紀にはポルトガル人により、日本からヨーロッパに渡り、その後アメリカ大陸にも広まったとされている。


軒下などに吊るされ、風に晒され天日を浴び、水分が抜け甘味が凝縮された干し柿。その糖度は練羊羹とほぼ同じとも言われる。渋柿を乾燥させることにより、柿の水分が抜けてタンニン成分が凝固し、渋味を感じなくなるのである。また柿の葉は防腐効果があり、柿の葉寿司などに今でも利用されている。

    柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺   正岡子規

 子規の大好物であった柿。法隆寺のある斑鳩のそれぞれの家の庭には柿がたわわに稔っている頃。日本の原風景とも思える、斑鳩の柿の秋を吟行するも一興。子規を超える一句を目指しての斑鳩吟行はいかがであろうか。


 



 雲母の小筥(星月夜・蜩を詠む)    会田仁子選

 

  大いなる神話鏤め星月夜      奥野千草


会田仁子の寸評

   この一句に出会った時、若き日草原に寝転んで見た星月夜を思い出した。
 空から降ってくる星に胸が圧迫され、美しいというよりも押しつぶされそうな怖さ、感激の声を出すことさえ出来ない荘厳さがあった。
 アンドロメダとペルセウスの神話「エチオピア物語」、メドウサの首の血から生まれたペガサスの神話など、夜空一杯に広がる星座にはそれぞれの神話がある。
 星座を見ているだけでも神秘的であるのに、加えて大いなる神話を鏤めていると表現した作者の素晴しい感性を思う。






    蜩のしきりや追悼号を読む     徳永由起子


会田仁子の寸評

    狭い解釈ではあるが、どうしても未央九月号 吉年虹二先生追悼号を読んでの句と思う。稲畑汀子先生の追悼句、稲畑廣太郎先生を始め親交篤かった先生方の追悼文、しぐれ主宰をはじめ誌友の追悼文等を読んでいるが懐かしさにおぼれなかなか進まない。それに付きあってしきりに鳴く蜩に淋しさが募る。





心に残る句    南 純子     

 

 一粒が故郷近づけ山桜桃     南 純子

 

 故郷と言えば小学校低学年から中学にかけての六年余りを過ごした大阪府の北東、山崎の地がすぐに思い浮かぶ。戦争の難を遁れ、大阪駅近くの市街地から一時移住したこの里が、子供の頃の思い出の詰まった大切な故郷の一つとなった。
名水の地山崎。我家の近くを美しく澄んだ川が流れており、急な坂を登ればすぐにその川に出られた。橋を渡り水際に下りると浅瀬があり、幼い頃に此処でよく水遊びをした。高学年になればすこし上流の腰まで漬かる辺りで母に縫って貰った木綿の袋に息を吹き込み浮袋にして泳ぎを覚えた。更に遡ると男子の飛び込む深い淵があり、続けざまに上がる水しぶきは壮観だった。


急坂を登らなくても川へ出られる緩やかな廻り径がありよく歩いた。六月ともなると径沿いに夏茱萸や山桜桃が小さな赤い実をつけた。私達は少し渋い茱萸よりも甘酸っぱい山桜桃を好んで口にした。お菓子など無い時代の子供心を僅かながらも充たしてくれた。
普段は遠くに在る故郷。けれど折りに触れ近い存在となるのも故郷なのだ。
昨年、ある句会で席題にと持参された山桜桃を一粒づつ頂いた。美しく熟したその実を手にし、ふと甦った故郷。そして詠んだ掲句が思いがけなく俳句四季誌に於て古賀しぐれ先生の特選を賜ったのである。晴れの場に縁遠かっただけに勧められて合同句集にも参加。吾ながら予期せぬ展開となった。

掲句から出版の運びとなったことをしぐれ先生に喜んで頂いた。今、刊行された句集を手にし、御指導を頂いたしぐれ先生に、御助言や御言葉を頂いた方々に心からの感謝の思いと共に、今、限りなく近づいたわが故郷にも感謝の思いを届けたいと思っている。


 

 



一句鑑賞    雑賀みどり

岩垣子鹿の一句鑑賞 −句集「やまと」−

 

コーヒーの一杯分を時雨けり    岩垣子鹿

     時雨を避けて喫茶店に落ち着いた。コーヒーを一杯飲み終る頃には時雨も過ぎて行く。きっと一人の雨宿りだったのであろう。親しい人と一緒に飲むコーヒーは、一杯といえども雨宿りだったことを忘れて、つい長くなってしまうものである。





     

 

  

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