主宰の随筆と選後抄　　誌友のエッセイ

随筆　　　　”古壺新酒”　古賀しぐれ

　　葛城一言主神社

　　

　　一言主（ひとことぬし）神社には大銀杏が聳えている。樹齢千二百年とも言われる神木である。太い幹の途中から乳房のようなものが垂れ、珍しい恰好の大銀杏で、《乳銀杏》の名で親しまれている。昔、葛城山に修業に来ていた若狭の若いお坊さんに惹かれた村の娘。お坊さんがある日突然いなくなってから、娘は赤ん坊を授かっていることに気づき、赤ん坊を生むと亡くなってしまった。その娘の母親が銀杏の木の下で赤ん坊と娘を偲んでいると、銀杏から流れ出てくる水を赤ん坊が飲みはじめ、元気に育ったと伝わる。赤ん坊を助けた銀杏はそれ以来、《乳銀杏》と呼ばれ、乳の出ない人、果ては子を授からない人の守り神になったと伝わっている。一言主神は雄略天皇を配祀とする。「古事記」には雄略天皇が葛城山中で狩猟をしていた際、天皇と同じ姿をした一言主神が現れ、天皇と狩猟を競ったという。この一言主神は自らの顔の醜さを隠して、昼は働かず夜のみ働いたとされる。

この説話を受けて松尾芭蕉は「笈の古文」に句を残している。　
やまとの国を行脚して、葛城山の麓を過るに、四方の花はさかりにて、いとど艶なるに、彼の神のみかたち悪ししと、人の口さがなく世に言い伝へ侍れば

なほ見たし花に明ゆく神の顔　　　松尾芭蕉

さまざまな逸話が残る葛城一言主神社。「悪事も一言、善事も一言」といい、一言主の名となったようである。
今でも村人は「いちごんさん」と呼び親しんでいる。その大銀杏の見事な黄葉も散り果てている頃であろう。神話のふるさと葛城古道はいよいよ冬ざれの季節を迎える。

　雲母の小筥（十六夜・草の花を詠む）　　　　加藤あや選

 

　　繰り返す犬の調教草の花　　　　　　松葉郁子

加藤あやの寸評

　　　やわらかな日ざし、気持の良い風の吹く草の広場でしょうか。飼い始めかも知れません。調教は大切です。��お手�＝A��お座り�＝A��ハウス�％凾�、先ず教えなければなりませんかしら。丁寧に、気長に、一生懸命です。
　季題��草の花�≠ｪ利いています。

　　　　塞神の石の傾き草の花　　　　　狩屋可子

加藤あやの寸評

　　　　背景は、奥河内千早村あたりと思われます。村の守護神として鎮座、幾星霜。既にして、積んである石にも傾きが見えて来ているのです。暑かった夏が過ぎて、参詣の道にも、供花としても草の花が涼しく揺れているのです。

心に残る句　　　　徳永由起子　 　　　

 

　木がらしや目刺にのこる海のいろ　　　　　芥川龍之介

　朝日新聞の隅の小さい枠に、大岡信の「折々のうた」が載せられていた。その日により詩や俳句、短歌の時もあり、いつも楽しんで読んでいた。ある日のこの掲句に、身体が震えるほど感動したのである。海の広さと小さい目刺しの目に郷愁が浮かんでいる。文豪芥川龍之介のロマンと哀愁の漂う一句に言いようがない位惹きつけられ心を打たれたのである。
　「折々のうた」の大岡信の解説によると、『澄江堂句集』（昭二）所収。大正十一年の友人あて書簡に「長崎より目刺しをおくり来れる人に」と前書きつきで、句は大正六年作とされている。贈物への返礼の気持ちを汲んで読めば、「目刺にのこる海のいろ」も一層心に染みるが、前書きなしでも句の繊細な情感は的確に伝わる。芥川は早くから句作に親しみ、端正な中に哀愁が漂う佳句が多い。学生時代は短歌や詩に多く親しみ、俳句は高浜虚子に学び「ホトトギス」の雑詠に載ったこともある。俳号は餓鬼とある。

歯科医院の受付と、主婦業に専念している私の毎日の生活で、ふと目に止めた一句により、ささやかな夢が心に灯った。
中学の国語の時間に俳句を一句添削していただいた経験しかなかったが、たまたま友人に句会に誘ってもらった師が未央の高木石子先生であった。教室の都合で我が家が句会場になり、先生逝去の後も中村芳子先生に指導を賜った。先生の没後のすみれ句会は四人になってしまったが。会田仁子先生に後選で指導をお願いしている。
少数精鋭、老いても心は乙女の如し、九十四歳を頭に、感動を生涯失わず、俳句を学び、楽しみ、貴重な余生を心豊かに過ごしたいと願っている。

 

 

 

一句鑑賞　　　　松田吉上

吉年虹二の一句鑑賞　一句集｢狐火｣−

 

焼藷のよく売れてゐて天王寺　　　　吉年虹二

　 　　昨今、難波が昔の「がさつさ」を失って都会チックになってからは、天王寺が大阪の「がさつさ」を誇る代表地になってしまった。
　駅から四天王寺への参道（商店街）辺りで売っていそうな焼藷。焼藷を食べながら自転車を乗り回す人も多そうな雰囲気がある。 しぶとく生き残る庶民の街。懐かしい下町の匂う南大阪の玄関口だ。