八月号(H28)

未央の俳句

誌友の雑詠    古賀しぐれ選

 

     健やかに麦飯世代老いにけり   徳岡美祢子

    

古賀しぐれの評

  《麦飯世代》。戦前、戦中の生まれを指すのであろう。あの戦後の厳しい時代を生き抜いてきた世代。戦後生まれにはない、強さ、しなやかさを持ち続けている。その麦飯世代もいよいよ老境に入って来た。しかし元気である。俳句をしている方々は殊に元気溌剌。春夏秋冬を問わず、吟行に赴き、常に切磋琢磨されている姿は尊い。老を後ろ向きに捉えず、常に前進あるのみ。作者もそうあろうと意識されていると思われる。健やかなる老い。誰しもが望むところ。やはり俳句は明るく前向きが好もしい。健康なる魂に健康なる俳句が授かる。それを証明してみせた俳句である。









   藤の風笙の調べとなりゆけり    狩屋可子

 

古賀しぐれの評

   藤の風と笙の音色。この句にはこの二つの素材のみ。場所がどこであるか、人はどうであったか等は一切表現していない。そこに美しさがあると思われる。おそらく春日大社であろう。神前には懸り藤が見事に傾れ、藤浪を打っている。その匂うが如き藤の風は神事の笙の調べとなって大前を吹き抜けてゆく。藤の風と笙の調べ。なんと優雅な景色であろうか。このシンプルさこそが俳句の真髄である。










   鹿の子の跳ねて天地を知りにけり    小井川和子

 

古賀しぐれの評

   奈良公園では六月に入ると鹿のベビーラッシュ。鹿苑では中に入って近々と子鹿を眺めることが出来る。子鹿の四連作が見事である。じっくりと観察しなければ出来ない句ばかり。そして子鹿に対する慈しみの心が溢れている。生まれたばかりの子鹿でも三十分もすれば立って歩き始める。立ち上がって、跳ねてみて初めて天地を知る。正に子鹿自身となって詠んだ句と思われる。慈しみの心が慈しみの句を生む。そう感じさせてくれる子鹿の連作である。





さくらんぼ(高校生以下の作品)   福本めぐみの評

 

  さくらんぼからのお知らせ 
 高校生の方もどしどし投稿下さい
 未央誌のさくらんぼの用紙ご使用下さい
 

 

 若葉雨婆の揺椅子拝借す  高一  小多翔士

 



 

福本めぐみの評

   入学してより慌しく忙しく過ごしきて、今日は雨。若葉の色を落ち着かせるように降る雨に、いつもは祖母が愛用している揺椅子に身をゆだねる事にしました。「拝借す」という大人っぽい、いえ、お婆っぽい表現にくすりとしてしまいます。







 

 
あめあがりにじがそらにかけわたる  小三  三原勇真

福本めぐみの評

    
    あめがあがって、にじがでるのはめずらしくありませんが、「かけわたる」ということばに、にじをみたこころのたかぶりがすなおにあらわれて気持ちが良いです。



 




こばんそうおみせでおやつかえないよ  年中  岸 しゅう大

 

福本めぐみの評

  そうですね。でも、これで、おやつがかえたらいいのにね。もしかしたら、こぎつねさんが、つかってるかもしれませんよ。


 

 

さくらんぼの句

  

        さくらんぼの句   福本めぐみの評

 

 

静けさに流れる滝と包む森  高一  北村 壮
 
絵のような表現に深い静けさを感じます。滝を「流れる」といった事で、「落ちる」とは違う滝の姿を思い浮かべますし、その滝を包み込む森に木々の豊かな緑を感じます。何よりもその風景を目の前にして佇む作者の心の静かさに共感します。

 


若葉雨婆の揺椅子拝借す  高一  小多翔士

入学してより慌しく忙しく過ごしきて、今日は雨。若葉の色を落ち着かせるように降る雨に、いつもは祖母が愛用している揺椅子に身をゆだねる事にしました。「拝借す」という大人っぽい、いえ、お婆っぽい表現にくすりとしてしまいましす。

 


コッペリア気持ちを込めて初夏に舞う  中三  笠間優里

バレエにくわしくない筆者もしっているコッペリア。きっと初夏にふさわしいはなやかなで軽やかな舞台だったのでしょう。「初夏に舞う」に明るい作者の自信をうかがうことができます。

 


日曜もバトミントンで汗ながす  中一  岸 空大

新中学生になって部活動が始まったのでしょうか。日曜日もバトミントンの練習をしています。「休みの日まで!」という大人の思いとは違って汗を流す事がとても楽しそうです。今年はオリンピックイヤーでもあります。

 


練習を終えたコートに若葉風  中一  本城由比奈

コートはテニスコートと想像します。部活動の練習を終えた身に若葉の風を受けて汗をぬぐっています。充実した中学生生活を満喫しているのです。

 


矢車のうごくはやさと回る音  小五  山村真市

矢車の動く「はやさ」と「回る音」というように矢車の様子をならべていうことで、風がとても強い日だったのだな、ということよりも矢車の回転の中へ引き込まれるような不思議な感じがします。矢車がクローズアップされるからでしょうか。

 


おしゃべりはみつ豆食べてからにして  小五  小多凱士

ものすごく、おしゃべりしていたけれど、みつ豆が運ばれてきて、ひとまず、おしゃべりはやめにして冷たいうちに食べましょうと言っています。まるで筆者の少女時代です。みつ豆という季語のとらえ方が昭和で面白いです。

 


空高くすいすい泳ぐこいのぼり  小四  山村侑己

風もゆたかにしっかりふいているし。天気もいいし、気持ちの良い五月の空です。

 


あめあがりにじがそらにかけわたる  小三  三原勇真

あめがあがって、にじがでるのはめずらしくありませんが、「かけわたる」ということばに、にじをみたこころのたかぶりがすなおにあらわれて気持ちが良いです。

 


おもいけどすいとうふたつえんそくだ  小三  古賀こはる

えんそくのひのあさ、とてもいいてんきだったのでしょう。たくさんあるかなければなりませんから、ねっちゅうしょうにも、きをつけなければなりません。ふたつのすいとう、きっとやくにたったでしょう。

 


まめごはんたくさんたべておかわりだ  小三  山村 隼士

たいていの子はまめごはんがだいすきですね。おおもりにしてもらったのに、まだ、おかわりをしています。ほかの子もいっぱいおかわりしたのでしょう。この日の給食はいつもより、ごはん多めにたいてあったのでしょう。

 


きゅうしょくの豆めしつくるさやをむく  小二  山村竜暉

明日のきゅうしょくの「豆(えんどう)」をむくおてつだいをしています。いろいろなけいけんをがっこうでも、させてもらいます。

 


口の中おなかもシュワアソーダ水  小二  難波美帆

ソーダ水を初めてのんだ日はいつだったかなあ。そういえば、口の中でシュワ、おなかにとどくあいだもシュワとして、いたいようにかんじたことを思いだしました。ソーダ水をのめるとすこしおとなにちかづいたようにかんじます。

 


はじめてのえんそくこうえんかめみっけ  小一  古賀こむぎ

いちねんせいのえんそくは、ちょっと、とおいこうえん。みんなでいくと、たのしくてことばもはずみます。わーっ、かめ、みっけー。どこどこっともりあがります。

 


なぞなぞもなわとびもすきこどものひ  年長  難波孝太朗

なぞなぞも、なわとびもこどもらしくていいなあと、昭和うまれのおばさんはおもいます。「なあ、なあ、おかあさん、なぞなぞだして」とこどもたちにおねだりされていたことをおもいだします。いっぱい、おねだりしてくださいね。

 


こばんそうおみせでおやつかえないよ  年中  岸 しゅう大

そうですね。でも、これで、おやつがかえたらいいのにね。もしかしたら、こぎつねさんが、つかってるかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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