古賀しぐれの評
東大寺裏の大講堂跡の礎石。大いなる礎石が三十ばかり遺されている。その礎石跡を見ただけでも随分と立派な大講堂であったであろうことは想像出来る。掲句は《堂は礎石を残すのみ》と、淡々とした事実を詠う。その礎石がどんな風であったとか、史実がどうであったということは一切述べていない。「秋風や」という季題に作者の心情が汲み取れるのみ。至って平明な句風ではあるが、その中から、諸行無常の歳月が伝わってくる。形あるものは何れは崩れてしまうもの。礎石跡には秋風が吹き渡っているのみ。虚子の説く窮極の客観写生句であると思われる。上品な水彩画のように、さらりと読み手に訴えて来る。
古賀しぐれの評
記紀の国生み神話では淡路島が最初に生まれたとある。その淡路島でも最も古いとされる神社を探秋会で訪れた折、偶々少し早目の七五三詣に遭遇した。作者の頭にはもちろん記紀の国生み伝説の記憶があったであろう。この神話の里に営々と生を受けついで、ここに七五三の祝いをされている子供が居る。その感動が一句にまとまった。その土地に出向いての吟行では、思わぬ出会いが、句心を触発してくれるという幸運が待っていてくれる時がある。俳人にとってはそれが亦、たまらなく嬉しい瞬間なのである。
古賀しぐれの評
鹿の角切と言うと、奈良の春日大社の神鹿の角切行事を思い浮かべるが、作者は松山の方。一連の角切の句は島での行事であろうか。島渡しの船長が角切の勢子に交って鹿の角を切る。いかにも素朴な島の角切行事が連想される。四句ともに実際見なければ出来ない句ばかり。臨場感をもって角切の行事を鑑賞させる力作揃いである。
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ハワイへと飛び立つ空にいわし雲 中三 笠間優里
福本めぐみの評
これから飛行機に乗り込んでハワイへ行くのだなあという喜びにたかぶる思いが大空に広がるいわし雲の向うへいざなわれていくようです。
福本めぐみの評
ことしはなつからきゅうにさむくなったりしました。いったい、あきはどこへいってしまったのでしょう。そんなふうにかんじているひとはたくさんいたのではないでしょうか。さくしゃはそんな、ぎもんをとんぼにきいみたいなとおもっています。
福本めぐみの評
うんどうかいをもくひょうになわとびのれんしゅうをしてきました。その、うんどうかいでみごと百かいとべたのです。お家のひとにもみてもらうことができました。うれしいきもちでいっぱいです。すごいですね。
さくらんぼの句
さくらんぼの句 福本めぐみの評
ハワイへと飛び立つ空にいわし雲 中三 笠間優里
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