三月号(H29)

主宰の随筆と選後抄  誌友のエッセイ

随筆    ”古壺新酒” 古賀しぐれ

  青衣の女人

  

 

東大寺を開山した良弁の弟子の実忠が笠置山での修行中に竜穴を見つけ、天人の住む天界に至り、天人たちが十一面観音の悔過を行ずるのを見て、これを下界でも行いたいと願った。しかし、天界の一日は人間界の四百年にあたり、到底追いつけない。そこで少しでも天界のペースに合わせようと走って行を行うと念願したという。修二会の行法を編み出した実忠和尚は約六十年の間、観世音の前で修二会を行われた。そして寺伝によると、修二会籠中の五日夜、内陣の須弥壇に消えられ、まさに仏の世界へと昇華されたと伝わる。


その実忠忌の三月五日と十二日には「東大寺上院修中過去帳」が読み上げられる。過去帳には聖武天皇以来の東大寺有縁の人々の名前が朗々と読み上げられる。鎌倉時代のある年、僧集慶が例年通り過去帳を詠み上げていると、青い衣をつけた女官風の美しい女性が幻のように現れ、いかにも恨みがましそうに「など我が名をば過去帳に読み落したるぞ」と言ったという。集慶が声をひそめて「青衣の女人」と読み上げると、女は満足したように消えて行ったと伝わる。今でも、「青衣の女人」を読み上げる時には声をひそめるのが慣わしであるとか。青年僧の連日の厳しい練行の疲労からきた幻影か、はたまた壇ノ浦で死んだ平家の女人の霊であったのか、定かではないが、「青衣の女人」はそれ以来過去帳に書き加えられ、現在でも読み続けられている。


いろいろな逸話が残されている東大寺の修二会。七五二年に始まって以来、今まで一度も途絶えることなく行われている。過去帳の「青衣の女人」はまん中ころに読み上げられるとか。古都奈良ではの幽玄の世界を味わうことも俳諧の一興となるであろう。

あの影は青衣の女人燭朧  しぐれ



 雲母の小筥(榾・除夜の鐘を詠む)    多田羅初美選

 

  病苦また煩悩なるや除夜の鐘    小井川和子


多田羅初美の寸評

 

一月号の小園「目指せ!朗朗介護」を読み、さすが作者と胸を熱くした。
民生委員として定年までの二十四年間、老老介護等の人人を見守り続けてきたが、一人としてそんな介護をしている人には出逢えなかった。
去年は我が娘が乳癌を煩い、除夜の鐘の音を同じ気持になって祈った。
祓ってくれると信じて!救ってくれると信じて!
秀句とは人の心を打つ句である。そして人の心を救う句である。そう思ったのは私だけであろうか。否違う。

 

 




    生涯に一度撞きたや除夜の鐘    橋和子


多田羅初美の寸評

 

私もまだ撞いたことの無い除夜の鐘である。撞いてみたいと誰もが思っている。
深夜二十四時までに寺院に着き、帰りは草木も眠る丑三つ時である。
我が生涯に一度という気持はよく解る。





心に残る句    東村まさみ     

 

 大琵琶といふ盃に初日満つ    古賀しぐれ

俳句を始めて間もない頃、ある雑誌で掲句に出合った。日本一大きい琵琶湖を盃にして、そこに初日が満ちているという詠み方に驚いた。何度読んでも幸せな気持ちになれた。
掲句に出合い、私の俳句の前に一筋の光明が見えた気がした。「山ひとつ越えて時雨に出会ひけり」、「対岸に日矢の差したる時雨かな」の心境であったが、俳句は深い(高い)。未だ俳句の最初の山も越えていないし、自然に溶け込んで俳句を詠む事も出来ていない。

これまで教育面では個人の個性・感性を大切に指導して来た。又、否定するより、肯定する方が場合によっては良い結果が得られる事を学んで来た。研究面では新しい事を求めて、その実現に努力して来た。
最近、時々、俳句の将来について考えることがある。人間の脳は一部分しか使われていないと言われているが、我々は俳句の世界のどれ程の部分を使っているのだろうか。又、現状維持は衰退であると言われているが、心で詠む俳句はあまり変わりようがないのだろうか、等々。

硬い話になったが、結局は色々考えなくとも、現在の句会や吟行を楽しんでいれば良いのだろう。
音楽、絵画、美術品等も昔のゆとりのあった良き時代の作品に惹かれる。今の世の中は忙し過ぎるようである。
未央の誌友の素晴しい感性には感心している。又、先生方の懐の深い御指導には深く感謝しています。
未央俳句の格調と詩情には新しい息吹を感じている。
元旦に清々しい気持ちで盃に酌む日本酒の味は格別である。心まで初日の色に染まり、幸せな気持ちで新年を迎えるのである。




一句鑑賞    森川千鶴

吉年虹二の一句鑑賞一句集「狐火」−

 

明日は汁さだめの蜆舌を出す   吉年虹二

 

流しに置かれた蜆の入ったボール。明日の味噌汁の具にする為砂抜きをしているのだ。肝臓に良いと言われる蜆汁、上戸の作者にとって楽しみな朝食なのだろう。そんな事とは知らず、蜆はのんびりと舌を出し眠っているのだ。
何げない日常をユーモラスに読んでおられる。作者にはこんな楽しい句が沢山ある。




     

 

  

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