四月号(H29)

主宰の随筆と選後抄  誌友のエッセイ

随筆    ”古壺新酒” 古賀しぐれ

  春日大社

  

 

平成二十八年に式年造替(しきねんぞうたい)が終わったばかりの春日大社。二十年毎に神殿や御殿に納める御神宝などが造り替えられ、神々しい姿が甦ったばかり。世界遺産に登録された三十万坪の境内は古代さながらに自然が保たれ、春日造りの本殿は神々しく広がる。

春日大社は七六八年に中臣氏(のちの藤原氏)の氏神を祀るために創設された。全国に約千社ある春日神社の総本社である。春日大社の社伝によると、称徳天皇(七六七年)のとき、平城京鎮護のため、茨城県鹿島神宮の武甕槌命(タケノミカヅチノミコト)を春日大社の祭神に勧請した。この時、武甕槌命は白鹿に乗って御蓋山(三笠山)に来られたという伝説から、鹿を神鹿として保護敬愛してきたのである。春日大社の鹿は鹿島神宮から連れてこられたと伝わる。しかし、実際は平安時代からこの場所にはたくさんの野生の鹿が居たようで、平安貴族は鹿をみると神の使いとして鹿を大切に扱ってきたようなのである。


もう一つ春日大社と言えば藤。藤原氏の氏神ということで藤が意識されてきたことから、奈良時代より藤が大切にされてきた。奈良公園には野生の藤が多く存在する。おそらく鹿が種を食べ、糞として出たものが発芽したと思われる。低い位置の藤は鹿に食べられ、ある程度の高さからしか生えなかった藤。神杉に寄生した藤は上へ上へと伸びあがり山を覆うように群生している。鹿と藤との意外なつながりがあった神域。飛火野の奥の森ではそろそろ野生の藤が咲き始める頃。視界三百六十度懸り藤の浪打つ、まさに神々しき世界。今年も神の藤の世界に分け入って、今生の藤の句をものにしたいものである。




 雲母の小筥(左義長・冬薔薇を詠む)    会田仁子選

 

  左義長や龍のひと文字駆け上がる      伊原玲子


会田仁子の寸評

 

左義長は正月十四日夜、または十五日朝に行われる大がかりな火祭りの行事。今は注連飾りや松飾りを焼く行事になっており、左義長に書初めを燃やし、その燃えさしが高く上がるほど手が上がるとしている。
一枚の『龍』と書かれた和紙が高々と空いっぱいに舞い上がる火祭りが想像される。
「龍のひと文字」によって龍の文字の大きさ、また「駆け上がる」という力強さとがあいまって堂々とした左義長が見えて来る。

 

 




    一輪に心満ちたる冬薔薇      小川栄子


会田仁子の寸評

 

豪華な夏の薔薇も秋が過ぎ冬枯れの頃には花も小さくなり哀れである。そんな中一輪の薔薇に出会った。
哀れであるが、咲こう咲こうとする姿は健気であり人の心をゆすぶる。花を愛する作者であるからこそ、たった一輪の冬薔薇に心満ちるのである。





心に残る句    前田俊女     

 

 初鏡すでにあらそふ子をかたへ     中村汀女

俳句を始めて間もない頃、帰省した実家で俳句を始めたことを母に話しますと「お父さんが俳句の本をいろいろ持っていたよ」と教えてくれました。
父の書棚より水原秋櫻子編の歳時記を見付けました。ページを捲っておりますと、例句の作者の中に中村汀女という名前を見付けました。

遠い昔、母と見ていたNHKのテレビに、白髪を結い上げ気品溢るる面差しの老婦人が出ておられました。その時、母が「この方は中村汀女という高名な俳人よ」と教えてくれたことをなつかしく思い出しました。テレビ画面を通してではありますが、リアルタイムで中村汀女にお会いしていたのです。

ホトトギスの歳時記と共に愛用しているこの秋櫻子編の歳時記に掲載されております汀女の句は百四十句余り。どの句も平凡な日常のくらしや自然を格調高く詠んだ美しい句ばかりです。中でも子供を詠んだ句に心引かれます。掲句の他にも子供を詠んだ句を掲げさせて頂きます。

少年のかくれたばこや春の雨

もの言へば南瓜ころがして人みしり

いづこへか兜虫やり登校す

咳の子のなぞなぞ遊びきりもなや


どの句も慈愛溢るる眼差で、深く子供を捉えた句だと思います。
昨年八月号「未央」の〈選後抄〉に
「俳句を作るとは自身の中身をさらけ出すこと。美しく詠もうとしても自身が美しくなければそれは虚となる」という一文がありました。
人には備わった品格というものがあるのでしょう。せめて素直な心で、季節の移ろいや、日日のくらしを詠んで参りたいと思います。




一句鑑賞    狩屋可子

高木石子の一句鑑賞−句集「顕花」−

 

かの山の花信やうやく伝はり来    高木石子

 

情報も通信手段も限られていた昭和三十年代の句である。
「かの山」と山を特定せず、読者に任せる。そして何と言ってもこの句の眼目は「やうやく」という副詞である。
この言葉が花信を待っていた気持、伝わって来た時の弾む喜びを余すなく表現している。




     

 

  

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